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21 February

自分という存在

今日は、ぼんやりしているときに、とか、掃除をしながら、とか、
少し休もうと横になっていたら、とか、
何度か涙が出てくる場面のあった日でした。
ちょっとだけ泣いたり、いっぱい泣き続けたりしました。

「なんで」だったり「何に」といったこと(涙のワケ)、
どうにか書き表せないかなぁとも思ったけれど、どうしても言葉にならないのは、
「なんで」とか「何に」とかいうようなことじゃないからなのかもしれない。
こころの深いところからわき起こってくるような、悲しみや恐れ、絶望感にも近い気持ち……
こういった気持ちを感じること、数か月前からときどきあります。
“うつ”のときの感じともちょっと違う気がする。

この気持ちに気づいてからこれまでは
「この気持ちの元(根っこ)には一体何があるんだろう?」
「根っこにたどり着きたい、つかみたい」
と思っていました。
そして、それは今でもあまり変わってないと思う。だけど、今日これまでと違ったのは、
自分の気持ちが、涙が、当然のもののようにも思えたこと。
「自分ってなんだろう?」
とか
「人間って?」
ということを一生懸命考えていくと、自然にたどり着くところだったりするのかな、
なんて、なぜかそんな風に思えてしまって。

この悲しみや恐れ、絶望感にも近い気持ちのようなものは、
このまま持っていてもいいのかもしれない。
ちょっと(だいぶ?笑)苦しいときもあるけれど、
必ずしも悪く捉える必要はないのかもしれませんね。

いっぱい泣いて、だいぶすっきりしました。
いっぱい泣いたから、またちょっと頑張れそうです。

先日、ヒプノセラピー(催眠療法)の講座に参加してきました。
下の動画は、そのときに紹介された「Powers of Ten」です。
書籍でも出ていて、講座では書籍のほうを(動画じゃなくて)見せていただきました。

どんな話の流れでこれが紹介されたのか、とか、なんでここにこの動画を貼ったのか、
といったことについての説明は省きますね。
ただ、一緒に楽しめたらいいな、と思って^^

「Powers of Ten」について:Powers of Ten - Wikipedia
 ※ここでの「power」は「力」ではなく「べき乗」という意味


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