忍者ブログ
12 March

お伊勢参り ②

この記事は「お伊勢参り ①」の続きになります。

しばらくすると、わたしはだんだん出社できなくなっていきました。
「会社で何をすれば良いのか分からない」ということが
直接の原因というわけではないですが、無関係ではないと思っています。
わたしは大学院2年の半ば頃から心療内科に通うようになっていました。
こころの調子を崩していました。ですが、それほどひどかったわけではありません。
なんとか修士論文を書き上げ、無事、大学院を修了したし、
「もう少しの間、薬に助けてもらうことにはなりそうだけど、普通に働いていける」と、
こころの不調に対する大きな不安もなしに自分でそう思える程度でした。
けれども、社会人になってからの慣れない東京暮らし、慣れない電車通勤、
そして、会社での状況と、悩み過ぎてしまう自分の性格など、そういったことが
加わって、重なって、かけ合わさって、急速に消耗していった……というのは
「きっとこういうことだったんだろうな」と今の自分が思うことではありますが、
そうしてだんだんと欠勤が増えていき、そのうちほとんど出社できなくなりました。
おそらく、まだ6月とか5月とか、それくらいだったと思います。

その後、夏頃に2~3週間ほど入院し、詳しい説明は今回省きますが、秋には解雇されています。
入院前には、わたしにとって“人生最悪”とも言える、悪夢のような出来事も経験しました。

話はぐーっと戻りますが、今年の1月3日、伊勢神宮の
外宮(げくう)から内宮(ないくう)へ移動するバスの中でわたしが旦那さんに話したのは、
当時、自分は会社で一体何をすれば良いのか全然分からなかった、
そして、そのことですごく悩んでいた、というそのことでした。
なぜかは分からないけれど、それがふと思い浮かんで、なんとなく話し始めた自分がいました。
何かを期待していたつもりもなかったと思います。
ところが、旦那さんから思いがけない言葉が返ってきました。
(旦那さん)
「自分もそうだったなぁ。東京 (支店) は仕事全然なかったから」
(わたし)
「えっ!?そうだったの?」
「じゃあ……わたしがおかしかったとかダメだったわけじゃないんだ……」

その瞬間も今も、目に涙がにじんできます。
旦那さんの言葉を聞いたとき、わたしは
自分の中で固まってしまっていた何かが溶けていくような感じがしました。
悩まなくてもいいことでずっと悩んでいた、そういう言い方もあるのかもしれません。
でも、わたしにとっては、その言い方になるようなことじゃなかった。
自分の中で何かが溶けていくその感じがそのときの全部だったし、とても大切でした。
たまたま、当時同じ部署の先輩だった人がその後家族になり、今も家族であるために、
同じ部署にいた者同士としての話を今になってからでもできたし、
「自分(旦那さん)もそうだった」ということまで、16年経って知ることができた。
こんな風に「後から知ることができる」とか、こころの中にずっとあった
引っかかりや固まりみたいなものが「 直接的に溶ける」ようなことって、
もしかしたら、それほどよくあることではないのかもしれない。
そう思ったりもして、誰に対しての気持ちなんだか分かるようでいてよく分からないけど、
ありがたくて、本当にありがたくて、その意味でも涙が出そうになります。

旦那さんから聞いた話がもう1つあります。
当時、わたしが所属していた部署のリーダーであった上司のNさんは、
今から何年前のことかは分かりませんが、会社を辞めたのだそうです。
勤務地に関して条件が合わず、折り合いがつかなくて、退職という選択をされたようです。
先ほど、「入院前に“人生最悪”とも言える出来事を経験した」ということを書きました。
その出来事自体には、会社も会社の人も全く関係ありません。
けれど、これも詳しい説明は省きますが、その出来事よりも前、
わたしが出社できなくなったときのNさんのある対応、行動が、わたしには
「その後起こった“最悪”な出来事を“最悪”にした要素の1つ」のように思えてしまっていて、
それから16年近くの間ずっと、Nさんに対して恨みや憎しみの気持ちを抱えてきました。
そんな気持ちを抱くのは間違いなのかもしれません。
出社できなくなったことについて、大部分は“自分の問題”であったのだし、
会社としては、Nさんのあの対応、行動で「正しかった」ということになるのかもしれない。
それでも、わたしとしては、もう少し慎重さと配慮が欲しかった。ずっとそう思ってきました。
結果(その後の出来事)は変わらなかったかもしれないけれど、それでもです。
そのNさんが会社を辞めたのだといいます。
それを聞いて、わたしはとても不思議な気持ちになりました。
「もう恨まなくていいんだ」「ああ、やっと楽になれるんだ」
そんな感じでした。
怖いことを言うようですが、別に、Nさんが会社から追放されたとか、
何かひどい目にあったとか、人生転落したとかで、
「ざまぁ見ろ!」と思えた、間接的に恨みを晴らせた、というようなことではないわけです。
そういったことは何も起こっていません。Nさんが会社を辞めたということを聞いただけです。
にもかかわらず、なぜか「もう恨まなくていいんだ」と素直にそう思えてしまった。
自分の中で何がどうなってそうなったのか……未だに「?」です。不思議なものですね。

16年も恨み続けるのは、けっこうしんどかったです。
旦那さん宛てに来たNさんからの年賀状を見て、
そこに印刷されている家族写真の中のNさんに激しい怒りが込み上げてきて、
どうしても我慢できず、その年賀状をビリビリに破いてしまったこともありました。
ずっとずっと「あいつのせいだ!」「あんな奴!」と思ってきました。本当に憎かった。
その気持ちをなかなか手放せないでいました。でも、やっと終わったみたい。
Nさんに対するぐちゃぐちゃした気持ちの渦は、今年のはじめに伊勢で、
案外あっさりと、不思議な消え方をしていったのでした。


年明け早々のわたしの体験。伊勢でのおはなしはこれでおしまいです。

最後は、伊勢神宮の写真……これは2014年1月に撮ったものではありますが、それと、
今年1月に撮った二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)の写真です。


伊勢神宮 外宮(2014年1月)
2014.1.1 写真
 
 
2014.1.1 写真
 
 
伊勢神宮 内宮(2014年1月)
2014.1.1 写真
 
 
2014.1.1 写真
 
 
2014.1.1 写真
 
 
2014.1.1 写真
 
 
          二見興玉神社(2017年1月)
2017.1.3 写真
 
 
2017.1.3 写真


PR

04 February

お伊勢参り ①

1月3日に、初詣に行ってきました。
わたしの場合、初詣は「その気になったら行く」「行けたら行く」という程度。
そして、その程度でも行くようになったのはここ数年のことです。
以前に比べると、いくらか出かけることが苦にならなくなっています。

おととし(2015年)は、雪が残る中、 犬山成田山 へ行きました。
近くには 犬山城 があり、そちらも覗いてきました。
今年は、途中で何度か小雨に降られながらも、伊勢まで行ってお参りしてきました。
はじめに 二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)へ行き、それから
伊勢神宮 の外宮(げくう)、内宮(ないくう)へ。
お参りの後は おはらい町(おはらいまち)や おかげ横丁 をぶらぶらして、
最後に 猿田彦神社 に寄ってから帰ってきました。
「去年も1年間ありがとうございました」
神様にそうお礼を言ってくることができました。

外宮から内宮へ移動するバスの中でのことだったでしょうか、
わたしは旦那さんに、社会人になったばかりの頃の、会社での自分のことを話しました。
当時、旦那さんは同じ部署の先輩で、わたしたちは東京の支店に勤務していました。
なぜ、急に自分があの頃のことを話す気になったのかは、よく分かりません。
どんな気持ちで話し始めたんだったかも、もう忘れちゃった。
ただ、これまでずっと、その話にはなんとなく触れられないでいました。
どこか恐くて、まだまだ向き合えていない部分があったのかなぁ。
それが、あれから16年近く経って、ようやくそこに触れることができた、
先月3日のそのときに「あ、今だ」というような何かを感じた、そういうことだったのかな。

大学院を修了し、その会社で社会人としてのスタートを切ったものの、
わたしは早々につらくなってしまいました。
とにかくやることがありませんでした。何をすれば良いのか、全然分かりませんでした。
でも、同じ部署にはわたしの他にもほぼ同時期に入社した男子が2人いて、彼らを見ると、
いつも何かしら仕事をしている様子でした。少なくともわたしにはそう見えました。
もしかしたら、わたしだけが何も分かっていないのだろうか、
わたしだけが仕事をやれていないのだろうか……そう思って不安になりました。
周りに
「わたしは何をしたらいいですか?」
「今、どんな仕事をしているんですか?」
と聞けば良かったんだとは思う。
ただ、その部署のリーダー(役職は忘れてしまった)であった上司のNさんは
他県の支店のほうも兼任していて、いつも東京にいるわけではありませんでした。
東京にいるときであっても、現場等に出てしまっていてやっぱり不在だったり、
事務所でもとても忙しそうにしていたり。
なかなか聞けませんでした。
また、同じ部署の他の方たちにも、なんとなく聞きづらい雰囲気でした。
あるいは、「わたしは何をしたら   」と実際に聞いてみたこともあったのかもしれない。
けれど、なんだか分からないような曖昧な返事が返ってきただけとか、
「これをやって」とたまに何かをもらっても、それほど時間もかからずにやり終えてしまって、
すぐにまた同じ状況になってしまうとか……そんな感じだったのかもしれません。

わたしは毎日、時間をつぶすことに苦労し、くたびれていました。
たびたび屋上に出てはたばこを吸っていたし、机に突っ伏して寝てしまっていたこともあります。
やっと終業時間が来ても、帰りづらくて帰れませんでした。
同期の男の子たちはまだ何か仕事をしているみたい。他の人たちも仕事をしている。
自分だけ「やることがないから」「何をすれば良いのか分からないから」さっさと帰る   
そんなこと、わたしにはできませんでした。
何もすることがない、何をしていれば良いのか分からない、それなのに
終業時間を過ぎた後も数時間、会社に居続ける。
そのこと自体もつらかったし、そんなことをしている自分がたまらなく嫌でした。
自分でやることを見つけられないわたしが無能なんだろうか、
自分がダメすぎるんだろうか……何度もそう思いました。
いろんな気持ちに押しつぶされそうでした。


話の途中ですが、今回はここまでにします。続きはまた次回。

写真は、2015年1月に犬山成田山、犬山城へ行ったときのものです。
 

      犬山成田山(2015年1月)
2015.1.2 写真
 
 
2015.1.2 写真
 
 
2015.1.2 写真
 
 
2015.1.2 写真
 
 
      犬山城(2015年1月)
2015.1.2 写真
 
 
2015.1.2 空
 
>>>「お伊勢参り ②」を読む

今回はコメント欄を閉じています。



01 January

2017年 酉年

※年賀状素材は年賀状桜屋さんからお借りしました

“出会い”(そのとき目の前にいる誰かとだったり、自分の気持ちとだったり )の瞬間を
楽しみに、大切に、今年もゆっくりと歩みを進めていきます^^